どうも、ハローワーク2時間待ちでくたくたのチャンドラーです。
ずっと前から読みたかった本をようやく読むことが出来ました。
長嶋一茂さんの著書「乗るのが怖い 私のパニック障害克服法」です。
重版がなくプレミア価格が付いているので、kindleで購入しました。
正直言って僕の中で長嶋一茂さんの昔のイメージは酷いものでした。さんまのスーパーからくりTVに出ていたときも何処か傲慢そうで、いかにも人を見下しそうな上流階級のボンボン。
その時に僕がパニック障害だったら正に「絶対にこの人には、人の苦しみがわからないだろうなぁ」という印象。
ただ最近テレビにまた頻繁に出るようになって、明らかに丸くなったというか雰囲気がまるで過去と違ったので気になる存在でした。
その理由が書籍を読んで分かりました。氏は30歳から20年以上、人一倍パニック障害を通じて苦しんで、苦しみの中からどのように生きていくか見出していきました。
僕の中で、同じように苦しみの中にいる人達に素直に同じ目線で対話してくれる人生の兄さんのように本当に感じられました。
この本は是非パニック障害に苦しんでいるすべての人とその家族・友人に読んで欲しいと切に思います。
鉄人のプロ野球選手がある日を堺に練習に行けない
30歳だった長嶋一茂氏は(ちょうど自分と発症が同じ歳)、ある飲み会で深夜に突然パニック発作が起きてしまい病院に緊急搬送されます。
パニック障害のことなんて全く知らない氏は、心臓か何かがおかしくなってしまったと思い本気で死ぬと思ったそうです。
翌日によみうりランドの2軍練習場に向かおうとしても乗り込んだ途端苦しくなり、車を運転することが出来ない。
昨日起きた出来事が蘇ってしまい、また発作が起きるんじゃないかと怖くなってしまいます。
今までバリバリにプロの練習をこなしてきた鉄人のような人間が、運転することすらできなくなる。その日は6時間あてもなく外を歩きとぼとぼと歩いて家に帰ったそうです。
苦しみから得た人生哲学が詰まっている
その後プロ野球界を引退してからも、氏はずっとパニック障害に苦しめられます。
その描写が一つ一つかなりリアルで、パニック障害当事者である僕もその気持が痛いほどよく分かりました。
出口がないところが怖い(飛行機やアクアライン、長く暗いトンネル)、逃げれないシチュエーションが怖い(テレビの生放送)、体調が悪い時にパニックが起きる前兆のフワッとした感覚...
これはまさに、なった人にしか分からない苦しみです。これが起きた後の無力感や絶望感は言葉に表せないものがあります。
その終わりのない苦しみから氏は実に様々な哲学的な学びを得ていきます。
親鸞から学んだこと
氏はある時親鸞上人の「歎異抄(たんにしょう)」という仏教書を読んで、大事な気付きを得ることが出来ました。
「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
ざっくり言うと悪人ほど極楽浄土に行けるという意味です。不可解ですよね。
パニック障害になる人は往々にして決めじめな人が多いです。自分は正しいものであれねばならない、自分は善人であらねばならないと思いつめすぎて、現実とのギャップに葛藤し、自分を責めてしまい、苦しみます。
だからあえて親鸞は「人間は悪で当たり前なのだ」と説いたのだと長嶋氏は考えました。
人からどう見れるかかはどうでもいい。
どんな悪口を言われようが「もともと、自分は悪人だから、偽善者だからいいのだ」と心の中で割り切れば、不思議とかえって物事に対して積極的になっていったそうです。
僕自身も、なんで「一生懸命自分なりにやってきてたのに、真面目にやってきたのに、誠実に対応してきたのに、何でこんな仕打ちを受けなければいけないんだ」とずっとどこか思っていました。
でも完全に公明正大でなく、偽善的な自分が確かに存在することも分かっています。それに目を背けていたから、苦しみが増大したのかもしれません。
この親鸞上人の考え方は妙に今の自分には腹に落ちたので、これからこうやって考えてみようと思います。
読み終わっての長嶋一茂氏の印象→「俗世の中で探求することをやめない僧侶」
氏へのイメージが180度変わりました、今は人生を苦しみながらも懸命に生きている同じ仲間のような気持ちです。
孤独になることを怖がらないで、あえて忙しい中でも孤独な時間を作る。精神的に群れない。
氏はさみしさや孤独感だとか、人生の切なさを現代人がちゃんと感じ取っていられないことがダメなんじゃないかと説いています。いろいろなものが供給過多で、それによってどんどん心のバランスが取れなくなっている。それで人生の孤独やかなしさへの感覚が麻痺してきてしまっていると。
当事者にとって、読んだあとはホッとすると同時に心を整えられる素晴らしい本だと思います。
マジでおすすめです。